匠・わが街の職人



【第1回】

越谷だるま職人
荻野芳雄さん


荻野さん:以下、敬称略「荻野」
インタビュアー:以下、「イン」

 イン:なぜ越谷で、だるま作りが発達したのでしょうか。

荻野:江戸時代、日光東照宮などへ往来していた職人で、日光街道の宿場町であった越谷に住み着いた者たちが、人形や干支物を作りをはじめたと言われている。それと、雨や湿気の少ない越谷の気候が、だるま作りに適していたこと。ビニールハウスなどなかった時代、越谷の農家が冬場の副業としてだるま作りをしていたこと、などが挙げられる。

 イン:越谷だるまの特徴は、どんなところですか?

荻野:鼻が高く、色白な顔が特徴。例えば、群馬のだるまは、もっと顔がピンクがかって鼻も低いし、福島だるまは全体が細長く、千葉のだるまは、しゃくれ顔だ。

イン:越谷だるまは美男子風なんですね。こちらに並んでいるだるま本体。素材は何で作られているのですか?

 荻野:再生紙を、水で戻し、練ったものでできている。たまごのパックやお菓子の箱に使われるような再生紙だ。それを外型の中に流し込み、中に空気を送り込んで、余分な水を出す「真空成型」という方法でやっている。
昔は、だるまの木型に下張紙や和紙を貼って乾かし、型抜きする方法で成型していた。使う和紙は、江戸や明治期の本を使った。(と、棚から、一冊の本を取り出し)昔の和紙は、丈夫で張りがあるからね。

イン:わー、毛筆書きの和紙本ですね。こうした材料にも、趣がありますね。
成型された本体は、その後どのような工程を経ていくのですか?

 荻野:3〜4日乾燥させてから、下地として体全体を白く塗る。これは、貝のカキの粉と、にかわ(※1)を、お湯で練ったものを使うんだ。

イン:真っ白ですね。

荻野:カキの粉が、真っ白なんだよ。(と見せてくださる)それから、大体1日乾かし、全体の赤をスプレーで色付けする。この赤と目のまわりのオレンジだけは、今はスプレーを使っている。あとは全部手描きだ。

 イン:まずは全体を赤くするのですね。

荻野:そして、顔を真っ白に塗って、顔を描いていく。
ヒゲや眉などは、鶴や亀の形をくずして模様化したものなんだ。

イン:なるほど。縁起の良いものをシンプルな形にて、だるまに表しているのですね。
同じ越谷だるまでも、越谷市内の各お店によって代々受け継がれた、描き方の違いや特徴はあるのでしょうか。

 荻野:お店ごとじゃなく、職人によってみんな違うよ。長年やっていく中で、自分のやり方ができてくる。

イン:それぞれの職人さんが、自分のデザイン、自分のスタイルを創り出していくのですね。荻野さんのだるまの特徴はどんなところですか?

 荻野:あご。あごひげを横のひげとつなげて描く人もいるよ。ひげは一番目立つ箇所で、一番難しい所。だから、ひげを描く筆は、筆を払いが細くきれいになるよう、面相筆という、筆先の長いものを使う。

イン:何の毛でできているのですか?

荻野:これはイタチだ。

 イン:イタチですか。書道で馬毛などは聞きますが、イタチとははじめてです。

荻野:筆選びも重要だね。でも、筆は実際使ってみないとわからないから。先が割れてしまう筆などは、せっかく新しく買っても使い物にならない。

イン:金色のだるまや、小さなだるまが五色並んだセット(五色だるま)なども見かけますが、赤以外のだるまも、かなり作られているのですか?

荻野:やはり80−90%が赤だよ。あと、風水で来年のラッキーカラーは○色だ、という話が出ると、その色のだるまが売れるということもあるけど、そういう流れは若い女性だけだね。来年は何色だって言ってたかな。。。(奥様から「青と茶色」と声が)そう、青と茶色。

イン:そうした影響も多少あるのですね。そう言えば、だるまってどうして赤なんでしょうね。

荻野:だるまは、本山の高僧が座禅を組んだ姿を表したもので、本山の高僧しか着ることを許されない袈裟が赤色なんだ。(と、本を出して写真を見せてくださる)

イン:なるほど。あっ、では、だるまの金の模様は、袈裟のひだですか?

 荻野:そう。

イン:そうなんですね。お腹の文字はなんと書くことが多いのでしょうか?

荻野:「福入」だね。あとは注文があった会社や劇場などの名前。

イン:(完成しているだるまを拝見し)本当に都内の有名な劇場のものが多いですね。明治座、紀尾井ホール…。
荻野さんは、だるま職人になられて何年ですか?

荻野:正式には仕事としては約30年だけど、子供の頃から近くで触れて育ったから、40年くらいになるかな?

イン:荻野さんで何代目ですか?

荻野:大正7年創業で、私で3代目。

イン:だるま職人になられて、よかったこと、うれしかったことはどんなことですか?

荻野:人のなかなか行けない所に行けること。明治神宮の例大祭の時に、大だるまを運んで奥まで入っていったり、国会議事堂にだるまを届けた時には、国会議事堂の地下道を通ったり。

 イン:お仕事以外で、ご趣味やこれからチャレンジしたいことは?

荻野:地元の子供野球の審判をしているよ。地元で商売しているから、何かと頼まれることもあるんだよ。

イン:本日は、新年用だるま製作で一番お忙しい時に、本当にありがとうございました!

(※1)にかわ(膠)……獣や魚の骨・皮・随・腸などを水で煮た液を、乾かし固めた物質。ゼラチンを主成分とし、弾力性に富むので、主に、物を接着するのに用いる。(拝見した膠は、半透明の飴色をした板状のものでした。編)


■荻野だるま製作所■

住所  越谷市北越谷4-9-31
電話  048(974)8531
営業時間  9:00〜17:00
休業日  日曜日(3〜8月は土日休業)